ちょぼのひびおも

地方在住のちょぼの日々の思う事

人生は、深い。

おんとし3xxx歳(アラウンド・フォーティー)にもなってくると、

様々な経験をしてきて、

いろんな人のいろんな状況を想像できるようになる。

 

そして、その人の立場になって考え、一緒に感じたり、涙を流すこともできるようになる。

 

学生の頃は楽しいことがメインで、辛いことはあまり感じたくなかった。

というか、辛いことなんて、少ないと思っていた。

 

でも年を重ね、人生を歩いて行くたびに、

目の前に広がる光景は、

どうも、

辛いことの方が多いような気もしてきた。

 

その中で、たまに起こる楽しさ喜び。

 

学生とか幼少時代は、

自分に降りかかる人生の辛いことを、

親や監督者が、

一身に肩代わりしていてくれたのだな、

気づく。

 

 

昨日、退職者の送別会に行った。

 

そこで、ワンワン泣いていた退職者(26)。

 

 

もう大人になった我々はその姿も、気持ちも、よくわかる。

 

よくわかるようになった。

 

温かい言葉が心に残す影響も、

辛辣な言葉が与える影響も、

わかるようになった。

 

包み込む暖かな空間が、私たちを穏やかにさせた。

 

 

一人一人大事な人生の中で、ほんの一瞬出会い関わり、その時を経験して行く。

その刹那の集まりが、人生を作って行く。

 

仕事とか、酒とか、日常じゃあ、ない。

 

 

人生はルーティーンに見える中にたくさんの発見があり、喜びがある。

特に、忍耐が必要な物事の中にそれらの種は丁寧に隠されていて、

その物事が過ぎた後に、

その中で交わされた様々な言葉や触れ合いが芽吹き、

愛や喜びを感じることができる。

 

感受性を高めて行くことで、その忍耐の中にある思いに気づけるようになるような気がする。

 

 誰かに守られシステムに守られて生きている間は、その感受性が発達しない。

25歳を過ぎたあたりから体験して行く、途方も無い絶望も悔しさも、無力感も、無残な敗北も、その感受性を開花させるためのプロセスだと思える。

 

人生は、深い。